淡水雑記171201

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 12月になったというだけで、気持ちが忙しくなってきた感じです。寒くなってきたので灯油のストーブを入れたけれど、ムッとするくらい暖かい風が吹き出ています。なにから手をつけようかな、と迷います。ここにあげた写真にしても、載せたい写真があるけれど、それをここに載せるとイメージに合わないから、と思うと何を載せようかと、けっこう迷ってしまいます。ここへ来て、この記事を書くのが、今日の最初の記事です。書いておかないといけないブログとか、優先順位からいうとここはどうでもいい順位です。むしろ、本音近いところだから大事にしているけれど、あまり優先できないと思うのです。ここは創作、小説、フィクションのレベルで扱いたいブログだと思っています。淡水なんて名前にしても、どうやらいかがわしいイメージがしていて、最初にはけっこう迷ったペンネームなわけです。

 いまさら文学賞なんて狙ってなんていませんけれど、それなりの文章を書きたいな、とは思うところです。17の頃に詩集を出した。たいしたことないです。ぺらぺらのガリ版刷りの詩集です。三号を編集中に辞めてしまいました。こうして記憶をよみがえらせると、その当時の出来事が、つまり詩集を発行するという作業の背後にあった思いというか感情を思い出してきます。昨日、バスで徘徊していて、卒業した高校の前を通りました。その当時から半世紀が経っているから、市街化された周辺は様変わりしています。その光景と、記憶の光景が交錯して、バスの窓から見る学校の、校舎の、そこらへんに彼女らがちらついて見えるじゃありませんか。妄想というか幻想というか、現実には記憶の像でしかないけれど、かなりはっきりと見えるわけです。その後の今に至る人生の大きな屈折点がその時のなかにあるように思えます。今もってです。

 フォトハウス表現塾なる考えを形にして、昨日、写真講座を受けて頂く人を募集しはじめました。広報というやつです。共同でやりたいと思って、今年の春先から紆余曲折、あっちいったりこっちにきたりで、紆余曲折。なによりも金を使わなくて、収益もあまり考えられなくて、事業といっても些細なことなのに、これしかできない。金をかけて、場所を確保したりパンフを作ったり、もちろんそれらには対価が支払われるわけですが、ぼくにはそういうお金がないから、ひとの善意に頼るしかないところです。なにかしら、空しい気持ちになりますが、負けてはならない、やられたらやりかえす、そういう思いだけが頭の中をよぎるのです。ここから成熟していくことを、願ってやまない気持ちです。こういう無資本のプロジェクトに賛同していただけるメンバーが集まっていければいいんですが、善意だけではやっていけないのかも知れないですね。



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<寫眞:京都> 2016.11.25
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posted by utumitansui at 14:20寫眞

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<寫眞:神戸へ> 2016.11.20
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posted by utumitansui at 15:24寫眞

淡水日記スマホ06

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大阪の街を徘徊するときは、天丼を食べる。
京都の街を徘徊するときは、牛丼を食べる。
食欲旺盛な徘徊老人があれこれ眺めては自己批評してる。
山野の中を徘徊なら清楚なイメージだと思うけど。
街の雑踏のなかを徘徊するのは性癖なイメージですよ。
武士道とは死ぬここと見つけたり、なんて言ってたなぁ。
そんな心意気なんてぼくにはなくて、死を恐れていますよ。
色艶枯れて、なんて想像の領域であって、年齢とともに旺盛だ。