愛の物語-5-

-5-
 誠二が持っている単車はスーパーカブのスポーツタイプで、二人乗りができるから、京子を誘ったのです。カドヤでご飯を食べ終えて、単車に乗る誠二は革ジャンバー姿です。京子は、まさか単車に乗せてもらってドライブする、などとは夢夢思いもしていなかったから、スカート姿でオバーコートは着ているものの、誠二の後ろからシートを跨ぐのには、腰から前下がひろがってしまうのです。
「きっちり、つかまっててよ、抱きついてもいいよ、京子」
ポコポコとエンジン音がして、ハンドルを握った誠二に、後ろから抱きついて顔を背中につける京子です。単車に乗せてもらうのは初めてです。股をひらいて、膝で誠二のお尻を挟んで、発車の勢いで後ろへ引かれそうになって、夜の街を通り抜けていくのでした。冷たい風は誠二が盾になっているから寒くはないけれど、足元が寒い。紐付きのズック靴と足首までの靴下だけ、スカートは膝まで、コートは前がはだけしまいます。でも、気持ちいい。ぶんぶんぶんぶん、単車の音に京子は、ドキドキの気持ちです。信号待ちで止まったとき、誠二が振り向き、京子に、大丈夫か、と声をかけます。京子は顔を横に出して、大丈夫よ、と答えたときには、信号が青になり、発車です。
「休憩、ちょっと休憩しよう」
単車が止まったのは、嵐山の橋のたもとの公園でした。千本から四条通りを西にまっすぐ、松尾大社から嵐山へとやってきたのでした。京子には、後ろに抱きついていたから、わからなかったけれど、単車から降りると、そこが嵐山の公園だとわかりました。
「こわかった、でも、たのしかった、ああ、寒い」
手袋をしていなかったから、京子の手は冷えていたのです。誠二も手袋はしていなないから、冷たい手です。誠二が、向き合った京子の手を握ってきます。
「ああ、冷たい、誠二くんの手、ああ、わたしの手も冷たいよね」
誠二が、右手の甲を、京子のほっぺに、ぺたんと当ててきたのです。火照った頬の京子に、冷たい誠二の手です。京子は、その冷たさに驚いたけれど、気持ちは悪くありません。
「あったかい、京子さんのほっぺた、あったかい」
「ああ、冷たい、誠二くんの手、冷たいわ」
京子は、頬に当てられた誠二の手に自分の手をかぶせて、冷たいというのでした。よろけるようにして、京子は誠二の腕の中に巻き込まれます。立ったままです。単車の傍です。人の気配はありません。しばらく黙って、抱きあって、キッスするまでもなく、誠二が京子から手を離し、単車を跨ぎます。京子も続いて跨ぎます。きっちりと誠二の背中に胸をくっつけ、後ろから誠二に抱きつく京子です。嵐山から暗い道を走る単車です。山ぎわに沿って広沢の池をこえ、山を越え、仁和寺の前を通って街へと戻ってきて、千本中立売まできて、単車を止めた誠二です。時間は夜の九時を過ぎたところです。京子は、誠二と心が通じた気持ちになり、誠二も同じような気持ちです。
「水曜日は、授業が八時に終わるんよ、白梅町の喫茶店わかるやろ、そこで待ってるわ」
「うん、わかったよ、誠二くん、いけたらいく、水曜日、八時過ぎ」
「ひとりで来てよ、いいよね、約束だよ」
「誠二くんと会うの内緒にしておきます、では、さようなら」
白梅町は嵐山方面へ行く電車の乗り場がある処です。嵐電北野線、帷子の辻駅までで、折り返し運転をしている電車です。四条大宮から嵐山へ直通の電車があり、白梅町から嵐山へいくとき、北野線からは其処、帷子ノ辻で乗り換えです。

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愛の物語-4-

-4-
 喫茶店カドヤの洋食ランチは、けっこうボリューームがあって、女の京子には少し多すぎるのだけど、いつもは残すのも気が引けるから全部平らげてしまいます。でも、誠二の前では、おしとやかに、そろそろと口に運んで食べようと思うのです。初めて、二人で向き合って、洋食ランチを食べているのです。京子は、握りこぶしほどのハンバーグを半分にナイフで切り、フォークに刺して誠二の皿にのせたのです。
「食べて、あげる、わたし、お腹いっぱいなのよ」
すでにハンバーグを食べ終わっていた誠二が、京子の顔を見、少し笑みを浮かべ、嬉しいというように、さっそく京子からもらったハンバーグを食べたのでした。
「京子さん、ひとりで暮らしてるん?」
「うん、ひとりよ、ヒマしてるから、遊びに来ていいよ」
「うん、ありがとう、遊びに行っても、いいの?」
「うん、いいよ、なんにも、ないけど」
「どこに住んでるん、教えてよ」
「そうね、仁和寺街道の千本から東のとこ、渚アパートの二階よ」
「ああ、知ってる、あの階段がある渚アパートなん、何号室?」
「下駄箱あるから、京子って札張ってあるから、来たら、わかるよ」
京子は、まるで誠二に来てほしいとでも言わんばかりに、無防備に自分の住まいの所在地を告げたのでした。誠二は、住み込みで、寿司正の離れの部屋にいるから、京子には、そのことを伝え、訪ねて来ちゃダメだと言うのでした。
 京子が誠二を見ていて、胸が騒ぐのは、どうしてだろうと思うまでもなく、恋心が芽生えたからです。十八歳だから、初恋、というわけではありません。網野の中学に通っていた時には、好きな男子ができて、片思いに終わった経験もあるし、京都に出てきてからも、労働者風のお兄さんから好きになられて、初経験をして、そのお兄さんは忽然と消えてしまって、その後の消息がわからなくなったのでした。それは十六歳の時で、錦織物に就職してきてしばらくしたころ、夏の終わりでした。織物工場へ新しい織機を入れる運び屋の労働者で、工場の隅に設置している傍で、織っていたのが、まだ見習い中の京子でした。その労働者は直人といって大阪に住んでいるといいました。まだ若い男子で風貌もよくって、京子には男らしく見えました。工場で新しい織機の入れ替えで三日ほど京子の傍で作業をしていて、少し親しくなり、名前を教えてもらい、直人という漢字をメモ用紙に書いてもらったのでした。直人は、しばらく京都にいて、京都で仕事をする、と言って嵯峨野に飯場があることを教えてもらったのです。日曜日は休みだから、鳴滝の駅で会おうと言われて、京子は、言われたままに日曜日の夕方に、鳴滝駅のホームへ行くと、小ざっぱりした服装の直人に会うことができたのです。それから二年が経って、誠二と出会うまで、彼いない状態でした。京子には、初めての男、直人のことは、忘れようにも忘れられない記憶があって、その影を追っているところがあります。誠二は、やんちゃそうに見えるけれど、心優しい男子だと京子は感じたのです。直人と共通のところがあるように思えて、その面影を誠二に投影しているのかも知れないのです。

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愛の物語-3-

-3-
 次の土曜日のこと、茂子は用事があるというので、京子がひとり喫茶店カドヤで夜の食事をすることになりました。茂子は、会社の専務さんと会うのですが京子には内緒です。専務は村田啓介といって錦織物社長の息子で四十歳の男です。中学生の男の子供がいるけれど、妻とは死別していて女に困っているところでした。茂子に目をかけ、なにかと面倒をみていて、そのうち茂子は言い寄られ、月に二回か三回、数時間を共に過ごすようになったのでした。錦織物の社屋は千本出水にあって、啓介はいつも千本から仁和寺街道を西にとった処のお定めの旅館へ、茂子を導くのでした。啓介は、十六歳で加悦から京都へ出てきた茂子を、一目見た時から惚れこんでしまったのでした。茂子は、目がくりくりした京人形のような顔だちで、髪の毛もおかっぱ頭だったから、啓介好みといえば好みの顔かたちでした。ほぼ同時に就職してきた京子は、おくてで、子供っぽいところばかりで、丹後の網野で育った田舎っ子でしたが、千本の化粧品店で若いお姉さんから講習してもらい、お化粧の仕方を学び、肌の手入れを教えてもらって、田舎から出てきた当時と比べると、明らかに京の都会っ子になり、身だしなみもしなやかになっている十八歳でした。
 京子が喫茶店カドヤへ入ったのは午後七時を少し過ぎていました。仕事は六時に終わることになっていたけれど、織機の都合で六時に終えられなくて半時間延長になったのでした。誠二はまだカドヤのテーブルにはいなかったが、京子が座って、洋食ランチがテーブルに運ばれてくる直前に、店へ入ってきました。すっかり寒くなった季節で、今日の誠二は茶色の革ジャンバーに紅いマフラーを巻いています。
「京子さんだ、座っていい?」
「うん、いいよ、誠二くん、そう、わたし、ひとりよ」
「そうなんだ、茂子さんは、どうしたの」
「どうしたか、興味ある?」
「いや、べつに、どうでもいいけど、腹減ったぁ」
テーブルを介して、京子の前に座った誠二が、嬉しそうに、京子の顔を眺めて、腹が減ったというのです。茂子がいないなら京子ひとりでいい、と誠二は思う。この前、ここで会った時、茂子が指導権をとっていて、京子はあまりしゃべりませんでした。誠二には、女子のどちらにも興味があって、それは京子でも十分によかったのです。
「おれ、単車に乗ってきたんだ、後で、乗せてやるから、ドライブしようよ」
「うん、ありがとう、乗せてほしい、乗せてもらったこと、ないの、わたし」
「ちっこい単車だけど、走るぜ、けっこう、スピード出るぜ」
「カミナリ族してるん、誠二くん」
「そこまでは、してないよ、学校行くのに乗って行ってるんだ」
誠二の前にも洋食ランチが来て、腹を空かした十七歳は、ホークをハンバーグに突き刺して持ち上げ、顔を前にもってきて、ぱくりと口の中に入れてしまったのです。京子は、誠二のその姿を見て、クスクス笑えてきて、じっと誠二の顔に見とれてしまったのでした。

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愛の物語-2-

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 どちらかというと茂子の方が活発な女子です。二つ向こうのテーブルでランチを食べている誠二の前に行って、話しかけていったのは茂子でした。
「キミ、寿司屋の子でしょ、名前、なんてゆうんよ」
おかっぱ頭の茂子が、丸坊主の誠二に、ズケズケと訊きだします。誠二は、おとなしい男子の風に見えても、やはり年頃の男子です。
「せいじ、ってんだ、まことににと書いて誠二、中野誠二ってんだ、キミは」
こんどは茂子が訊かれます。茂子は、テーブルを挟んで誠二の前の椅子に座ります。まだ京子がいるテーブルには、ランチが食べ残してあります。
「うちは、ねぇ、しげこ、やまむらしげこ、錦織物で織子してるのよ」
ちょっと大人っぽい感じがする茂子を、フォークとナイフを持ったままの誠二が顔をあげ、見ています。
「そうなんや、錦織物のひとなんや、そうなんや」
誠二は女子の茂子を、興味深そうに見ていて、驚いたように声をだしたのです。京子は、茂子と誠二がテーブルを介して話しだしたのを見ています。京子は、どちらかといえばおくての女子です。自分から男子に声をかけるなんて、中学生だったときには、一度もありませんでした。もちろん西陣にやってきて織子の仕事についても、会社の男性とは、男から問われれば応えて、会話を紡ぎますが、自分から話しかけるというのはできないたちでした。
「京子、こっちへおいでよ」
誠二の前にいる茂子が、京子に、こっちへおいでと手招きします。京子は、席を移動して茂子の横に座ります。ランチはほぼ食べ終わり、あとのコーヒーを持ってきてもらうのを、茂子が、喫茶カドヤでウエイトレスしてるお姉さんに告げます。喫茶店の照明は電球のオレンジ色で天井が明るく、テーブルの上にスポットライトです。喫茶カドヤは女子の客が八割を占めるのは、西陣の働き手に女子が多いからです。
「京子ってゆうのよ、この子、可愛いでしょ、でも、十八よ、わたしと一緒よ」
「きょうこです、西上京子です」
「そんなんや、十八なんや、ぼくは十七になったよ、お姉さんなんや」
定時制の高校に通っていると誠二がいうと、京子は、わたしも、行きたいと思ってたのよ、とことばを挟んできました。茂子は、勉強は嫌いやし、というのです。黒い皮ジャンバー姿の誠二を、京子はカッコいい男子だと思うのですが、言葉に出してなんて言えません。誠二は、活発な茂子に傾いていきます。
「うちは加悦から、京子は網野からよ、誠二はどこよ」
「ぼくは、小浜だよ、京都へきたら、寿司屋の前に住み込み可の張り紙があって、世話になったんだ、このまえ」
「みたことあるんよ、バイクに乗って、配達に来たところ、見たんよ」
「錦織物は、得意先で、お客さんがあると、寿司を注文するんだね、高いのを」
「うち、寿司正の寿司って食べたことないわ、美味しいんでしょ」
「まあ、な、上等だよ、でもネタは、小浜のほうが魚は美味しいよ」
京子は、聞くばかりで、会話にはなかなか入れなくて、しゃべるのは茂子と誠二でした。土曜日には、誠二は学校がないから、喫茶カドヤにきて食事するというので、茂子は、わたしも土曜日は会社の賄いがないので、夜は、ここで食事する、と応えて、また会う約束をするのです。

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愛の物語-1-

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 京都に西陣と云う地域があります。応仁の乱のときに東西に分かれた軍の西の陣があったところだというのです。そこから西陣という呼び名が生まれていて、狭い限定でいうと千本中立売を基点に北は鞍馬口、南は丸太町、東は堀川、西は紙屋川、と大体の目安が定められる。千本中立売は西にいくと下之森で一条通りとなり、現在は大将軍商店街になります。その交点から北が北野天満宮の参道となります。西へ道をとると御室仁和寺から嵯峨に至ります。
 千本中立売から千本通りを北にとると船岡山があります。船岡山は平安京造営のときの北の基点となったといいます。西の陣が置かれたのも、この船岡山だと記されています。現在の千本通りは鞍馬口から歪曲しながら北へと延びて、北大路から鷹峯に至ります。鷹峯からは京見峠をこえ日本海につながる街道だったと記されています。鞍馬口から北一帯は蓮台野と呼ばれ、死者を埋葬する場所でした。
 市中にもどると、千本中立売の東から北一帯は、西陣織の織物業が集積した地域で、千本中立売は歓楽街のど真ん中となっていました。南西には五番町の遊郭がありました。北東は西陣京極、昭和の時代には映画館がいくつもありました。西陣織の織子となって丹後の地域から中学を終えた女子が仕事に就いた地域となり、歓楽街となったこの界隈は、旦那衆の遊び場としての五番町、若い女子の遊び場としての西陣京極、このようにして町が栄えていました。西上京子は、丹後から出てきた女子で、錦織物の織子としてアパートに住み込んでいました。中野誠二は寿司屋で働く住み込み店員で、福井の小浜から出てきた男子でした。
 西上京子は18歳、土曜日の夕暮れになり仕事が引けると、一緒に働いている山村茂子とご飯を食べます。食べる処はいつも西陣京極の入り口にある喫茶店カドヤで、食べるメニューは洋食ランチです。洋食ランチのメインは、ハムと海老フライとハンバーグの三品で、ポテトサラダにスパゲッティが添え物として盛られている。お皿に盛られたご飯を、ナイフとフォークを使って食べるのに、京子も茂子も、最初は戸惑ったけれど、もう三年目を迎えた京都の町での生活で、慣れた手つきで食べられるようになったのでした。
「京子、みて、みて、みてごらんよ、あの子、寿司屋の出前の子、可愛いじゃない」
「うん、うん、可愛い男の子だね、丸坊主、可愛がってあげたいね」
ナイフとフォークを使って食事をしながら、二つ向こうのテーブルに、ひとり座って洋食ランチを食べだした中野誠二を横から見ている京子と茂子でした。そのときは、まだその男子が中野誠二だという名前を知らなかった京子と茂子です。ちらちらと見ていると、誠二の方も二人の女子に気づいたみたいで、ちらちらと横目で返してくるのでした。京子は、なんだかドキドキしてきて、まるで恋する男のような感じで、誠二に見とれてしまったのです。

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秋立ちて-38-

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 朝方まで多恵の寝室にいて、少しまどろんだあと、良一は帰っていった。朝のコーヒーでも飲んでいったら、と多恵は思ったが、口には出さなかった。多恵は、陶房に入って、土を捏ねだした。頭の中は先ほどまで一緒にいた良一の姿ばかりが浮かんできた。土を捏ねるのは慣れているから、身体は機械になればいい。多恵は、菊揉みして土を慣らした。冷たい感触が、しだいに温かくなってくるのがわかる。ろくろは使わない。紐を作って巻き上げていく手捻りだ。制作するのは抹茶茶碗だ。形を作りながら、しだいに熱中してくる自分を思う多恵だ。別れた後の虚しさみたいな感情が、心のなかに残っている。束の間の癒されの時間だった。庭が明るくなってきた。夜が明けてきた。お腹が空いた。喉が渇いてきた。多恵は、器の形を作ったところで手をとめた。
 二階のプライベートな空間に戻ってきた多恵だ。もう良一の痕跡はゴミ箱の中に残滓が残っているだけだ。どういたらいいのか、多恵は思いあぐねる。一緒に生活をするなんてことはあり得ない。多恵も良一も独り者だから、別にやましいことは何もない。古い貞節感であれば結婚していない男女が関係することはタブーだったかもしれない。しかし、いまや、そういう風習を多恵は守ろうとは思わない。なんだろう、抱きあっているとき、こころが安らぐ、からだが燃え上がる、欲求が燃え盛っていく。多恵は、良一を可愛いと思う。恋愛の対象というより、母と子といった感情かも知れない。
<ふううん、ピアノ、弾いてるの、小説を書いてるって、言ってたわね>
<なんだろう、良ちゃん、憂えた顔が憎いほど可愛い、ちょっと控えめないい男>
ぶつぶつ、多恵は寝室の扉を開けたままで、キッチンで朝の目覚めコーヒーを淹れながら、独り言が頭の中でしゃべっている。
<子供できちゃ大変だわね、注意しなくちゃいけないわね、わたしが注意するしかないのよね>
<連絡、してくるまで、わたしからは、アクションしない、女だもんね>
コーヒーはブラックで、ロースターズさんで仕込んでもらった特上品だ。まろやかに美味しい。多恵はコーヒーが好きだ。紅茶より、抹茶より、珈琲が好きだ。少しは男っぽい気性も持ち合わせているからかもしれない、と多恵はその嗜好について分析する。良一を誘惑しているのは自分だ、と思っている。
<この歳になってるんだもの、若い男を侍らせておくのも、いいことよ、ね>
<わたしは、結婚しない、親や親戚のために結婚するなんて、だから、未婚のままよ>
<赤ちゃん欲しいと思うときもあるけど、それは無理、ああ、わたしの居場所は何処なの>
陶芸家として世間に認められていくこともいいけれど、それだけでいいわけがない、と多恵は思うだった。
 十時過ぎになって、陶苑編集部の野村真紀からメールが来た。原稿が出来たからファクスで送ります、との内容だ。まもなくファクスが送られてきた。月刊誌の陶苑新年号にグラビアで載る多恵の写真と記事だ。水際冴子との対談。多恵の略歴。多恵を褒める陶芸作家論。八ページの記事だ。多恵は、真紀宛ての返信メールで、記事を制作してもらったお礼と、また京都へ遊びにいらっしゃい、とのメッセージを添えて返した。多恵は不思議と、大学の先輩で月刊誌陶苑の編集次長を務めている北村信之のことは、思い出さなかった。

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