嵯峨の野に想う

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 嵯峨は京都の北西部、双ヶ岡を越え、広沢の池を越え、山ぎわを歩んでいったあたりが嵯峨。ネットで検索すると「嵯峨」「嵯峨野」は、太秦・宇多野の西、桂川の北、小倉山の東、愛宕山麓の南に囲まれた付近に広がる広い地域の名称だ、と記されています。ぼくの通った高等学校が嵯峨野高校だったといっても、もう半世紀以上も前に卒業だから、現在の有名進学高校というよりはもう少し鄙びた感じの田舎の高校というイメージでした。その高校から歩いて広沢の池までいって、貸ボートにのって池で遊んだものでした。そういう嵯峨のイメージだけど、しだいにこの嵯峨という名前に、ぼくはある種、古典の風情を感じるようになったのです。たとえば紫式部の源氏物語とか、清少納言の枕草子とか、文学においても古典のなかで、名作を生んだ地域の感性でしょう。

 千鶴子さんは嵯峨野高等学校の卒業生です。広江さんは嵯峨野高等学校の卒業生です。美花さんも嵯峨野高等学校の卒業生です。千鶴子さんはぼくと同じ学年でした。広江さんはぼくより二十年ほど後輩になります。美花さんはぼくより四十年ほど後輩になります。いずれの方も思い出深い女性で、嵯峨の地に十代を過ごされて、やさしい心をお持ちになった包容力のあるお方でした。嵯峨のあたりを散策すると、そのご三方のお顔が、浮かんでは消えていくのです。恋心を抱いたお方ですから、心から消えてしまうことはありません。千鶴子さんはその後の消息がわかりません。広江さんのことは、最近、画家をやっていらっしゃることを知りました。美花さんは、その後の消息がわからなくなってしまいました。嵯峨の野に母のようにしてぼくの心に残ります。ことあるごとに思い出してしまいます。もうお会いすることもないのだと思うと、壊れてしまいそうになります。

 嵯峨大覚寺の裏になる所に名古曽という地名があって、最近、その場所が、高貴なお方の住居があった所だということを知りました。その高貴なお方が住まわれてたのは一千年以上も前のことになり、その後には大覚寺の敷地になっているようです。それはさておき、その名古曽という所の民家に住まっていた女子がおられました。ご存命ならば、古希を迎えられた方ですが、その後の消息がわかりません。先に記した千鶴子さんではありません。そのお方は、一年下のお方で、お姫様のようでした。その方のイメージは、別の所で別人として出会うことになりましたが、本人とは出会うことができませんでした。嵯峨の地には、思い出がたくさんあります。ぼくが生きている心の基底が、そこに支えられているような気がしてなりません。野辺の花が間もなく咲きだします。野辺の花一輪のかよわさとやさしさに、ぼくは支えられているのだと感じるのです。

淡水日記180224

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窓からの眺めシリーズを続けているところですが、これは写真の原点をもじった行為。
ニエプスってゆう人が、自分の部屋の窓からカメラを向けて、外の光景を撮った。
1820年頃だったかと思うけど、ニエプスの<窓からの眺め>は二百年ほど前の出来事です。
この世に現存する最初の写真として有名なイメージです。
今日、ここに載せているのは、スマホで撮ったやつで、少しアレンジしてあります。
むこうに大の字の山があるのは京都の左大文字です。
いうまでもなく、場所を特定されてしまうイメージで、やばいといえばやばい。

芥川賞の受賞作が載った文藝春秋を買ったんだけど、読む気にならないなぁ。
参考文献として、いま、受賞作品の小説って、どんなんなのか、それが知りたい。
ひところ必死になって本を読んだ時期があったけど、今は、ほぼ読まない。
田辺聖子さんの「とりかえばや物語」を本屋の棚に見つけて買おうか迷った。
結局、買わなかったのは、たぶん買っても積読だけだろうと思ったから。
その近くに、春画の本が、けっこう並んでいて、ひらくと無修正です。
俳句の本は、テレビで見かける夏井いつきさんでしたか、本が並んでいますね。
これまで、大量に本を買い、ほぼみんな手元から無くなって、でもまだがらくたがある。
もう、これくらいで、いまさら、買っても読めないから、買うのはやめよう、です。

フォトハウス表現研究所を立ち上げているけれど、空しいばかりのこと、です。
もうやめようかしら、いつもそう思いながら、記事をアップしていますが。
空しいったらありゃしない。
それより、えろすフィクションに精出していて、からだを潰しているんだな。
三篇をクロスさせながら書いているところですが、ちょっとイラつきますね。
ほかに「淡雪の街」ってタイトルでフィクションしだしたけれど、話がつながらない。
頭の中で、構想が浮かんできて、それを忘れてしまって、くっつけられないのだ。
これって、老化の真っただ中にいるんだと、いま、これを書きながら、自覚してる。
高齢であるけど、初々しさにチャレンジしているんだけど、無理かなぁ。

淡水日記180223

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ヒトの内面なんてもろいものだと思います。
もろいけど、支えられることで維持できると思うんです。
家族に、友達に、個人の関係のなかで支えられることが必要だと思うんです。
中学生や高校生が、いじめを受けて、自分で死ぬことを選んでしまう。
いじめを受けるということは、支えを失うということで、別の支えが必要なのに。
その支えが得られなくて、絶望の淵を歩きだして、あっちへ行ってしまう。
なんとも、心が痛むばかりです。

はなしは変わって、食べることの話に転じます。
掲載の写真は、最近流行りの「牛すき鍋」定食ですね、あっちもこっちも。
牛丼屋さんだけではなくて、定食のチエーン店でも、食べられます。
価格は600円から1000円までくらいで、独り者にはお手軽、便利メニューです。
でも、これでも高い、税込み味噌汁付き290円の牛丼があります、これはお勧め。
でも、これらは、食問題ではあまり感心しませんね、良品ではない判定だからです。
良品とは、無農薬、自然飼料、人体に優しくて、地産地消の食材であること、とか。

関心ごとは、食べることだけじゃなくて、性の現象について、です。
ネットでは、男女の関係が、セックスの関係で、話題になります。
成人男女の潜在的な関心ごとは、セックスのことですが、これは表に出せない。
スマホやパソコンがあれば、セックスサイトへ、簡単につなげられます。
第三者に接触することなく、ひそかに見ることができるというのが現状です。
もっと開放的になれば、犯罪とされることが減る、というものでもないでしょうね。
美術や文学の古典的な領域から、そういう世界が表現されてきて、今はその延長です。
もう少し、議論をしていかないと、表現者としては、立ちいかれませんね。

淡水日記180218

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今日スマホで撮った写真、上賀茂神社の朱塗りの門、真新しい、目に沁みる朱色です。
今年は戌のまわり年で、なんと驚くなかれ72才になってしまうのです。
自分ながらに、信じられない、50台で居なくなっていた筈なのに、ここにいる。
そういえば体力がなくなってきたな、精力もなくなったな、そんな感じです。
淡水というペンネームを使いだしたのは最近のことで、昔、中山明、なんて使っていたことも。
ペンネームは、実存の自分を隠すために使う、ハンドルネームというのもある、似たモノです。
日常の生活の世界の自分を、違う自分にしてフィクションする、そんな感じがします。
別人になったような感覚、活動家中山明、エロティシズム家内海淡水、いい感じです。
もうここまで来たんだから、秘密を持つのも、持ったまま死ねないからなぁ、と思った。
かなり時間の大半を、こっちのほうに使っているのに、現実の中で反故にすることもない。
表現の枠をひろげて、欲望とか本能とか、それに根ざした活動が、人間らしさだろうと。
そんな感じがしていて、人間として最後を生きる、なんてこと公言している淡水さんです。
まあ、小説の世界というか、フィクションは別の人格を創っていくことですからね。
今日のおしゃべりはこんなところです。

淡水日記180217

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内海淡水というペンネームを使って、小説を書き、小文を書こうと思っています。
フェースブックに内海淡水の名前で新たに登録しました。
とはいってもフェースブックはほぼ実名ですから、友達がいません、つくれません。
このブログは、淡水の名前を使っていて、フィクションのようなノンフィクション。
物語のような非物語を書いていこうとしています。
困ったな、どうしようか、なにを表現したいのか、そのことです。
ぼくはネットに発表する文章は、すべてフィクションだと思っています。
まるっきり嘘ばっかり書いているわけではないですが、それほど信憑性もない。
知ってほしいのはそのときの気持ちだけど、これも一定の蓋をしておかないと。
太宰のお道化ではないけれど、ぼくのこれらは作りごと、フィクションです。
テレビの世界も、小説の世界も、メディアに乗って流れてくるものは、フィクション。
そう思っておいたほうがよさそうです。
虚構、って言いかたもあるんですね、嘘で固めたお城、みたいなイメージです。
非情にセクシュアルな事柄に興味がある、といってそのことを表に出すことも憚られる。
その境界線が、現実と虚構の境界線を、どこで引いたらいいのか。
錯覚、倒錯、生命、性、生きている証し、実感として身体に感じること、これです。
好きなことを「好き」といえることが、一番いいのだけど、いつもこれを隠蔽します。