淡水雑記-15-

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<性的興奮ということ>
文学作品とか映像作品とか、静止画である写真作品とか、それを読んで、見て、興奮する。
俗に性的興奮という、性的という二文字が入る興奮のことを四文字熟語としているこのこと。
文学であれ、写真を含む映像であれ、見る側に、つまり鑑賞者に、ある種の興奮を与える。
作品は興奮を与えるためにある、といっても過言ではないと考えています。
興奮は、感動といってもいいかと思います。
それに性的という範疇がつくわけで、性的とは、セックス的ということでしょうか。
性というのは、おおむねセックスすること、性的というのは、それへの類似ということ。
読む、見る人に、その感動を生成させ、からだをセックスのときのように奮い立たさせる。
この度合いが高ければ高いほど、その作品は優れている、と評価していいのではないか。
でも、この尺度ではかって、優れている作品は、じつは既存の文学や映像からはみだします。
芸術としての文学作品や映像作品や写真作品とは一線を画している、というのが現状ではないか。
性的興奮を起こさせる作品は、芸術ではない、というのでしょうかね。
では、芸術とは何か、と問い直して枠をひろげなければ、ならないのではないでしょうか。
まどろっこしい言い方していますが、今、現時点のメディアのなかで、再考すべきでしょう。
性的興奮は美に背いているものなのか、それとも美に昇華されていくものなのか。
様々なメディアを使う表現者には、この問題を考えないといけないのではないかと思うのです。