淡水雑記170522

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<性の光景>
縄文人が使った道具のなかに男子のシンボルをかたどった棒が展示されていました。これには驚きました。何に使ったのか、性具を連想させる棒。双方に頭が作られた棒は40センチはあろうかと思う寸法です。太さだってそれに近い太さではないでしょうか。ほかにもいくつもの寸法の棒が展示されていました。なにより、縄文時代だから四千年は以前の道具なのです。
老年の性欲について、NHKで放送していたけれど、詳しくは見ていなくて、途中で別のチャンネルの変え、お笑いの方を見たところです。本音をいうと、老年になっても性欲というより性にまつわる妄想がからだに起こってきます。昔なら、浮世絵とか、陶器に焼かれた春画とか、近年でもまだネットがなかった頃には、雑誌や単行本が主流で、一般にはなかなかお目にかかれない領域にあったことでした。老年になるにつれ性への関心が薄れる、というのは嘘でした。性欲が無くなる、というのはある程度正しいと思います。男の性欲は、精子を作る機能と関連しているように思えます。肉体的に、というよりも、精神面で、というほうがいいのかも知れません。

淡水雑記170511

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<性の光景>
焼物にされた性の光景。九谷焼との裏書があるけれど、どこの窯なのかまではわかりませんが、春画が描かれた大きな皿です。あけっぴろげなこれにはちょっと驚きました。ぼくなんかは、性は隠すもの、といった感覚があって、人前でこういう光景を見る、あるいは人がいる処で見る、ということに羞恥心を抱いてしまう性格です。でも、最近は、この類なんか有名出版社から出版物になって発行されたり、美術館で展示されたり、日の目を浴びてきているから、露店の店先に並んでいても決しておかしくはない状況です。興味が尽きない光景です。

淡水雑記170506

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<性の光景>
北野天満宮の縁日に出ている店の品物に、性を扱った商品を置いている店があります。
性を扱うといったって、様々な商品構成があると思うけど、この店は陶器の焼物、彫り物の置物、それに性器の張形そのものを並べてあります。
ここに並んでいるということは、それらが作られたということであり、作られ、人の手に渡ることです。
そこにお金がいかほどかかっていくのか、はたまたお金がかからないのか、いずれにせよ、流通するわけです。
ここのテーブルに並んでいるのは、すべて商品で、お金をだせば手に入るという品物です。

この品物が何に使われるのかは、言うまでもなく、というか言わなければわからないから想定される使い方を記述して見ようと思う。女子の股間に入れられる物品で、誰が入れるのかといえば、本人が入れる、その関係にある相手から入れられる、飾られる、それくらいだと思うが、いずれも想像力をかきたてられる物品ですね。大人の玩具という言い方をすれば、街の片隅の店の中、その類の商品がパッケージされて売られています。やっぱりこれは男が買い求める品物だと思う。というのも経験的にいうなれば、男たるもの、精力が衰えてくるものです。女子の衰えよりも男子の衰えが先にくるとでもいうのか、男自身のモノを使うだけでは足らなくて、物品を使って女子の欲求を満たしていくということです。

まわりを見まわしてみれば、性に関連する商品は山ほどあります。大人の玩具だけでなく、視覚には写真集、かってならビデオテープ、今様なら映像を見るDVD、コンビニの成人雑誌にはその類の記事と写真、それにDVDがついている。ネットの中には、膨大に、性を扱うサイトがあって、外国のサイトへも行ってしまえる現在です。かって、陰毛が写ることなんてなかった1980年代のはじめごろ。まだビデオが一般的ではなかった時代には、一般にはフィルムは手に入らなかったから、簡単に目に触れることはありませんでした。変われば変わる世の中、いまやハードコアな映像を、無償で見れるのです。性のことは、人間の最大の関心ごとなのかも知れません。