淡水雑記-12-

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<鳴滝と芭蕉>
今日の話だけれど鳴滝という滝を見に行きました。
鳴滝には滝があってその滝が音を立てているから鳴滝というのだ、と佐野さんから聞いた。
そこには芭蕉の句碑というのがあって、ということは、芭蕉が此処へ来た。
そうなのか、それは知らなんだ、鳴滝っていう滝があることも知らなんだ。
今日は、常盤、つまり嵯峨野高校のところから歩いて、嵐電鳴滝駅界隈へ行きました。
1965年頃、そこらへんは畑の中に家、だったように思っているけど、いまは家ばかり。
嵐電の駅から桜のトンネルをみて、それから北へあがって高尾へ行く道に出ました。
ゆるゆるやわらかなカーブの道を歩いて、ここらへんか、とおもいしや芭蕉の句碑の表示。
其処へ行って下を見ると、二層の滝があって、崖がって、句碑がありました。
句碑じたいは昭和の年号があったから、最近といえば最近です。
奥の細道に収録されているのではないと思うけど、芭蕉の句のようです。
でも、その句が、どういう句なのかわからない、句碑が読めない、やだね。
野ざらし紀行とか、芭蕉の本は、岩波の古典体系の一冊で、学生の時、買った。
なんとなく、いまもって、芭蕉の旅をイメージして感動していることに気づきます。
写真を撮っている、俳句を詠んでいる、手段は違っても、内面は共通のようにも思う。
でも、ぼくは、芭蕉より西鶴を選んでいて、侘び寂びよりも色艶の方が人間らしい。
嵯峨野病院という表示があって思い出したのが、キクさんが亡くなって安置に立ち会った。
たぶん、この山のどこかにあった安置場で、まだ死体のまま、秋の夕暮れ、でした。
鳴滝、嵐電の駅、高校一年の秋から冬の出来事ですが、克明に覚えています。
思い出されてきます。
どうしたらいいのか、もうここまで来てしまって、どうしたらよかったのか。
鳴滝、見たのは、初めてです。
写真を添付しておきます。