淡水雑記170801

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 いったい此処でなにを為そうとしているのか、はなはだ不明確になってきて、何を書こうかと思案に暮れるところです。思案に暮れるといえば、シアンクレールというジャズ喫茶が荒神口にあった。うんうん、あったあった、と頷かれる方がいらっしゃれば、その方はあきらかに1970年前後に京都にいらした方。学生だったら学生運動に関わっていらした方。

 1970年と記したが、じつは1968年にその、モダンジャズを聴かせる喫茶店の近くの大学に入学したものだから、そのあたりの出来事が頭の中を駆けめぐります。その空間は、薄暗い正方形のボックスだったような記憶です。学生で詰まっていて、たばこの煙がむんむんしていて、めちゃくちゃ大きな音量で、会話ができない。不健康だな、この記憶は、不健康極まりない。このように記していけば、ぼくのその頃なんて、不健康そのモノであった、なんて表記できるんじゃないか。

 載せている写真とは、何ら関係ないんですが、たまたま、思案に暮れるということばから、思い出が噴出してきたわけ。高野悦子って女子がいて、なんたっけ本、二十歳の原点でしたっけ、そこにこのシアンクレールって喫茶店が書かれていたように記憶していますが、だれか、認証してくれ。この写真に写っている代物は、何に使った代物なのだろうか、縁日の露店に並べられていた風景です。この棒には彫り物があって、その彫り物は男と女の交情場面なのです。