愛の物語-19-

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<茂子>
 卯水旅館の女将はウメという名で呼ばれています。泉織物の専務村田啓介の父親が若かった頃に、いい仲になったものの子供をつくるところまでには至っていなかったから、独身で通して、独り身のままです。この女将のウメは、孫の年頃にもなる茂子が気に入っていて、あれこれと世話をやいているところです。茂子は茂子で、加悦には両親がいるものの、愛に飢えていたから、何度か啓介に連れられて卯水旅館へ来るようになって、ウメをまるで祖母のように慕うのでした。
「おばちゃん、また、来たわ、専務さん、来るの、待ってるわ」
「そうなの、また、また、来たんやね」
「はい、おばさん、また、また、お世話になります」
「専務さんから、ごはん、食べさせておいて、と電話あったんよ」
「専務さんも、そう言ってはった、好きなもん、食べさせてもらい、って」
土曜日の夜は、茂子が勤めている泉織物専務の啓介と、この卯水旅館で、逢う夜です。七時になって茂子が先にやってきて、出前を取って食事する。茂子一人ではなく、ウメも一緒に食べるのです。旅館と提携している仕出し屋が弁当を作ってくれて、届けてくれます。
「わたし、とんかつ、食べたいわ、ええやろか」
「ほんなら、頼んであげる、とんかつのお膳やね、待っとりや」
女将は電話でトンカツ膳と卵丼を頼みます。卵丼はウメの分です。茂子は、ウメのいる居間で待ちます。堀コタツが居間の真ん中にあって、薄い布団が掛かっていて木目の天板があります。15分ほどで出前が届いて、堀コタツの上に並べてもらって、茂子とウメが向き合って食べます。ここの仕出し屋のトンカツは、美味しいことで有名な一品です。
「ああ、おばちゃん、美味しいわ、一切れ、あげる」
茂子が、カットされたトンカツの一切れを、キクの卵丼のうえにのせます。
「ありがとう、茂子ちゃん、優しい子やねぇ」
「いいえ、おばちゃんには、いつも世話してもらってるから、お礼です」
専務の啓介が卯水旅館へやってきたのは、もう八時半ごろで、茂子は、先にお部屋へあがって待っていたところでした。四畳半の畳部屋、電気のストーブで温まった部屋。襖で仕切られた隣に三畳の部屋。三畳の部屋には分厚い布団が敷かれ、掛布団がかぶさっています。枕元は低い屏風があり、その後ろに、茂子が縛められる道具が詰まったボストンバックが置かれてあるのです。
「ああ、専務さん、待ってたよ、わたし」
「待たせたな、ちょっと来客があったから、待たせたな、ごはん、食べか」
「はい、とんかつ、いただきました、美味しかったよ」
啓介はコートを脱ぎズボンに毛糸のセーター姿で、座敷机の前にあぐら座りします。足を崩して座布団に座っている茂子。毛糸で編んだ白いワンピースを着ている茂子を、しげしげと見つめる啓介です。

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