淡水雑記171109

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 京都の観光地へ行くと、なんだか着物姿の女子がやたらと多いですね。西の観光地、嵐山へ行きましたが、レンタルの着物を着て、京都の土産に漬物を買う、なんて光景に出くわしました。漬物が、どうして京都を代表する土産になったのか、それは、ぼくには、どうしてだかわからない。まあ、でも、イメージを作りあげるディレクターがいて、長年にかけて京都イメージの中に組み入れてきたんだと思う。漬物でいえば、千本通りの今出川から寺之内にかけて漬物屋さんがあります。ぼくの子供の頃には小さなお店という感じで、お漬物屋さん。いまや、観光ブームに乗ってかどうかは知らないけれど、有名店になって、店の構えもいかにも京都というイメージで造られているんですね。イメージを作るかというのは、いまや、表現の基本でしょうね。

 作られたイメージの町、京都です。長年、というか生まれてこのかた、京都に住んでいる自分としては、観光客にもなりきれず、地場の住人にもなりきれず、なんともはや中途半端な気持ち、つまり居場所がない感じがしてならない。京都の人間には、表と裏があって、複雑系だと言われているようですが、別にそれは理屈であって、人間には、そういう側面があるのではないでしょうか。特に近代以降の人間といえるかどうかわからないけど、偏屈で、内面で何を思っているのかわからない。たぶん文化度という尺度で計ったら、内面の発達というか、自分を考えるサイクルがあるんじゃないか。自分を考えるサイクルって、内面そのもので、他者が介入する余地がない、そういう領域、内面ですね。話がとんでもないところへ来てしまいましたね。

 人間の本能って生存するための条件を手に入れるために為すことで、食べること、生殖すること、そのために外観を飾ること、本能から派生してそれを実現するために競争原理の中に放り込まれる。人間には個々に資質というものがあって、闘争心の強いやつ、そうではないやつ、弱いやつ、そういうやつは生きにくい、負け犬ということか。どうなんでしょうかね、そういう強弱のある世の中、いつごろから生じているんでしょうかね。弥生時代になって、農耕が営まれるようになって、階級が作られてくると読んだことがありますが、それに先立つ縄文時代には、平等だったのか、あくまで想像にすぎないけれど、共助の精神だった、というけれど、闘争心は本能ではなくて、作られてきたもの、そうかなぁ、そうかも知れないけど、たぶん、生きる極限においては、力の強いやつが生き残る、でしょうね。


淡水雑記171105

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 訪ねた相手は不在であった、なんて太宰の小説の一説を思い起こします、斜陽でしたか、かず子さんでしたか、すがるような気持で訪ねた相手がいなくておうどんを食べる、という場面があったんですけど、それに似た気持ちでした。太宰といえば、ぼくは女生徒という作品がお気に入りでした。でした、という過去形ではなくて、たぶん今もお気に入りのはずです。というのも太宰の女生徒に触発されて、ぼくの現在の小説の大半が書かれたものだ、と自認しているから、そうおもうわけです。太宰がいまもって若い世代の人たちに読まれているということは、そういうことなんだろうか、癒しの文学、壊れいく精神を支えてくれる文学、小説、問いっていいのかも知れません。

 人間失格という、あの恐ろしい気持ちにさせる小説があるじゃないですか。もちろん、個人差があるとは思うけど、その子は、友達たちが言うほど、驚かなかった、と言った。それは、その子の魅力というか小悪魔的な感覚にさせる要因だったのかも知れません。老人の心をしだいにわしづかみにして、ああ、まるであの女生徒みたいに、見え隠れしながら、ぼくを深く傷つけて、どうしようもなく狂うほどに、繊細に、生命の起源を鋭いナイフで切り裂くようにして、きたじゃないですか。なんだったのだろうか、リセットしても、イメージだけは残されて、あとは時間が過ぎれば遠くの果てに行ってしまうとは思うけど、まだまだ、そこにまでは至っていません。

 もくろみの形としてはできたところですが、中身が伴わないからでしょうか、なんの肩書も捨てた人に興味を示してくれたとしても、くる人なんていないことがわかって、ここでまたリセットしながら、新しい関係を結べる可能性のところへ、船出しようとした矢先のことでした。失意のうちについえ去るのは、どうしてもできないから、せめて人生これでよかったといえる結果がほしいところです。内面の物語は、表現の対象になります。フォトハウス表現塾、ここに行き着いた旅人として、それがどのような形で残せるかということです。残された年月、時間、そんなにあるとは思えないから、切羽詰まってくるのでしょうか。もうやり直しがきかない、最後の砦だと思えるのです。久々に太宰のことを思い出しておりました。


淡水雑記171030

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 BL小説というジャンルがあることは知っていた。ボーイズラブということだ、ということだけど、男の子同士の愛、ということで、その内容については、ぼくにはわからない。一方で腐女子という呼び名を見たことがあって、腐った女の子、どういうことだろうと、そういえば10年ほど前に意識したこともありました。サブカルチャー、サブカルという領域があることは知っていても、具体的な内容はわかりません。昨日、ギャラリー176で開催されている高津吉則さんの写真展のトークイベントに参加したなかで、社会学というのか心理学というのか、そのレベルからのコスプレ女子たちへの、現象と内面の話のなかで、出てきた用語です。BL小説を読む女子のことを腐女子というのだそうです。BL小説を書く人は、男子なのか女子なのか、聞くのを忘れてた、女子なのか、男子なのか、興味ある処ですが、どっちもあるのかもしれません。

 性にまつわる恋愛とか、変質といわれる女装とか、実際には表立っては隠された領域の、人の内面と表装に興味があるといっても、具体的な考証とかに及んだことが無いので、昨日の話は、新鮮でした。ぼく自身が、小説を、ネット上でフィクションを試みているのは、そこに自分の興味の立脚点があるから、のような気がしてきます。たしかにそれらが世に隠れて多く発表されてくるのは、世相ということの内側を表現することなのかも知れません。ぼくの知る資料といえば、ネットで配信されている奇譚クラブらがスキャンされた領域で、男がつくる女の扱いそのもの、商用になったレベルの書籍だったり雑誌だったり、そのなかの記事であり写真でありです。動画は、最近のビデオ装置ができてからのものだから、今の時代、といえばいいのかも知れない。ネットを通じて膨大に保存されている領域で、それなりに見ることができる。

 今の時代、内面の時代、個人の内面を表に出すこと、これ表現すること、そのものだと思えます。小説にしては、私小説の領域といえばいいのかも知れない。写真=実写の静止画しては、私写真の領域といえるのだろうか。といって写真の私写真といえば、どのような作家の作品をいうのだろうか、いま、考えています。荒木の写真が私写真といわれているけれど、私と絵面・被写体との関係というのは、どういうことなのでしょうか。内面の性的なことをイメージに現わして、それのように思わせることだろうか。このときの「それ」とはなんといえばいいのか。セックスそのもの、性にまつわるそのことそのもの、男は女に、女は男に、それと男同士、女同士という感情の交流ということを思えばいいのか。ぼくはいま、ちょっとこれまで言及してこなかった領域に足を踏み入れようとしているような気がします。匿名ではなくて、実名でのなかで、表していくのがいいのかも知れないと。

淡水雑記171023

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夜中には台風の窓をガタガタゆわせる音におののき眠られない思いを、目を覚ませた今、思い出します。かなりの強風で、最近には珍しいような雨風の音だったように感じます。何度も目が覚めたけれど、ベッドにいたきりだったから、うつらうつらと眠っていたのだと思う。朦朧、定かでない、夜中の時間のことは、まるで別世界です。内なる世界、そとにひろがる空天の宇宙のように、うちにひろがる身体の内面が、とてつもなく異様な世界へと導いていくかのようです。小野篁だったか、あの世とこの世を行き来した、と言い伝えられていますが、あれは、じつは、昼と夜の世界の違いを言い当てたのに違いない、と思えるのです。

いくつかの事象が、思い浮かんでは消えていくなかで、先ほどの夜半は、自分が今起こした表現塾のこと、第一ステージで参加してきて今はいないメンバーの最近の動向のこと、衆議院選挙における自民・公明党の圧倒的有利だったこと、目が覚めて、新聞の見出しを見ると、三分の二を確保、とあった。怖ろしい時代になった、虚しい気持ちが込みあがってくる。ああ、80年も前の戦前というのも、こんな気持ちを抱いた人がいたのに違いない、と思っていまここにいます。政治の枠組みのことには、ぼくはほぼ言及しませんが、内心は、自分の信念みたいなものもあって、徹底的に野党、外野、イメージ的には底辺からの発想です。ロシア革命において起ちあがったルンプロの群、そのなかのひとりがぼく自身であるようなイメージがあるのです。でも今や、飢えたる者よ起ちあがれ!、なんて失笑してしまいますね。

第一ステージに参加されてきて、結局はぼく自身が撤退に追い込まれたときのメンバーが展覧会を開いているのだが、心情的に見に行くことができない感覚なので、やっぱり見送ろうと思うところです。これまでは、表敬訪問という感覚で、損得勘定もいれながら判断していたように思えるけれど、それはもう、自分に忠実になればいいのではないか、と思ったところです。気分の乗らないことには向いていかない、自分を認めてもらえて迎え入れてもらえるところへ、おもむけばいいんじゃないか、です。善意という気持ちが交差する処、それを究極のところ求めている気がしています。偽善じゃない、張りぼてじゃない、生きている感情を豊かな方へつくっていける関係を求めて、です。昨夜、孫ちゃんの誕生日会に同伴したけれど、娘の対応に交感が持てたことに、ホッと安堵の気持ち、雨風の中、自宅に戻ってきて、選挙報道と台風情報を交差させながら見聞きしていたところでした。

淡水雑記171008

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 日本国内において発行や発信の写真や映像で、ウーマンアンダーヘアーが表立って目に触れることができるようになったのは、いつのことだったか。これは、それほど昔のことではないですね。その写真集はいまぼくの手元にはないから、正式な発行年月がわからないのだけれど、女優の樋口なんだったかさんのヌード写真集でしたね。ビニール本ではなかったように思います。日本における性風俗をあつかう書籍というか本や雑誌には、その部分を表してはいけなくて、これは現在においてもその通りであって、見せてはならないことになっているようです。ところが、アンダーヘアーについては、もう公然と表されていてもよいようです。とはいっても出版社やネット管理者のレベルで自主規制をかけているようなので、どこまでが表出可能なのかの、具体的なレベルはわかりません。

 世界の状況はよくわからないけれど、アンダーヘアーが写った写真というもの、日本よりもはるか以前にあったのかも知れません。これは考証するだけの資料をもちあわせてないから、何とも言えない。でも、1980年頃の状況でいえば、輸入写真集でヌードのアンダーヘアーには黒くマジックインクで塗りつぶされていたり、ナイフかなんかで擦って傷つけて見えないようにしてあるのもありました。もちろんアンダーヘアーだけではなくて、性器の露出、ということが、その奥にあるんだけれど、これは全くの開放だとはいえなくて、外国モノでも大人だけが見れるというような枠があるのではなかろうか。日本の状況でいえば、アンダーヘアーは解禁になったとはいっても、性器の露出は全面的禁止です。

 近年、浮世絵の春画が、日本では私設美術館で展覧会が催されました。浮世絵は絵画・版画であり、実写ではないからリアルな描写のそれを公開しても罪にはならなかったのでしょうか。静止画である写真や動画である映像は、現物がカメラの前にあって写されるということが前提だから、公開してはいけないのでしょうか。よくわからないですね。ただ、ネットの時代になって、通信網が国境を越えていて往来できるようになった現在、日本国内においても外国のサーバーにある画像や動画を見ることができます。かって1950年代だったか、読売アンデパンダン展に吉岡なんとか氏が女性器のクローズアップ写真を展示しようとしたところ、展示を断られたという事象がありました。まだまだ禁句の状態におかれているこの領域ですが、アートを考え、表現を考える領域において、ぼくは排除できない部分だとおもうんですが、いかがでしょうか。