淡水雑記-10-

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<写真の新しい場所へ>
写真家の東松照明さんが京都に取材されていた1982年頃の話です。
東京でのワークショップ写真学校1975年、その後、沖縄取材中の宮古大学でしたか。
東松照明さんが撮影の拠点には地元の若い世代が活性化する、という話がありました。
京都へ来られた時には、京都が活性化される、という期待を持ちました。
まだフォトハウスという名前がなかったころ、中川においては映像情報のころ。
東松照明さんと組んで、いくつかの集まる場を設定しました。
若い写真愛好家が集まって、わいわい、がやがや、新しい潮流が生まれないか。
そういう場つくりをもくろんだのでした。
ここに掲載の写真は喫茶店<ギャラリー写真壁>で行った東松さんを囲む会。
結果として成熟していくことにはならなかったのですが、最近、此処にいた人に会った。
その人は昨年二科会の会友に推挙された方で、当時は高校生だったとおっしゃった。
何回か、こういう機会をつくって、新しい潮流をつくろうとしたが失敗でした。
でも<図書館に写真集を>1981年のムーブメントから大阪での<東松照明の世界展>。
自主ギャラリー<ザ・フォーラム>のオープンでは、かなり主流とは違う方へ来ました。
1984年11月、フォトハウス構想を公開する前史として、それは記憶されることです。
フォトハウスは、その当時の写真界の主流から離れ、周辺から立ち上がったのです。
いま2017年、フォトハウスを再生させますが、それらの前史が反省として役立ちます。
写真研究会の集まりは、なるべく写真から遠い所から、始めていきます。
閉塞した写真の世界を、新たなところに立たせて、開放していくために、です。

淡水雑記-9-

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<ネットで人格を創る>
バーチャルリアリティ、VRという単語をまま見聞きます。
仮想空間における現実と解せばいいのでしょうか。
フィクションの世界だという事でしょうね。
現実に、肉体的な目で見ている事象についても、夢幻のように感じることがあるかと思うのだけど、古事記以来の物語というもの、読んで頭の中に描ける図といえば、いってみればバーチャルではないでしょうか。
読む人の体験と照らし合わせてイメージが作られるわけです。
制作する側として思う事、ネット上のツールを使って、ある人格を創りあげる作業。
架空の、小説の登場人物のような、人格をネットワークの中に創りあげる。
このことに取り組んで10年ほどが過ぎます。
人間ってたいがいフェチな面があって、異性に興味をもって、セックスに興味あり。
そんなことナマの実生活においては、夫婦、恋人、という関係の中で成熟すること。
そういう側面を、バーチャル世界で、バーチャル人格で、小説を書く、日記を書く。
男が女に変身、女が男に変身、老人が若者に、若者が老人に、そういう世界が作れる。
そう思って、それらの総合がひとつの芸術の枠にならないか、と思っているわけです。
この領域は、シュールリアリズム領域なのかも知れません。
男が女をやるというのは、歌舞伎では女形があるし、舞踊でもあります。
そう思って考え見てみると、けっこう倒錯という言い方で括られる領域がある。
これは芸術のジャンルとしても成立すると思うが、芸術側は認めないですかね。
(続く)

淡水雑記-8-

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天岩戸神社があると記されてあったので其処を目指しました。
川縁、渓流、凄い流れで水は波打ち真っ白です。
山の上かと思ったら、岩場の渓流です。
水の流れは心のわだかまりを流してくれる気がします。
水に流そう、という話は、何もなかったことにしようということ。
水杯は別れのときに交わす盃です。
なにかと水にまつわる話は神性なイメージです。
元に戻して、天岩戸神社の本殿というのは岩の上の祠でした。
それにここは元伊勢内宮とあって皇大神社との名前がついています。
元伊勢といわれる場所が日本国のなかに20箇所ほどあると書いてある。
その世界観というかスケールというか、よくわからないイメージです。

淡水雑記-7-

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元伊勢神社、これは外宮、福知山の大江山にある神社。
こんなところにこんなスポットがと思っていた。
かなり前から、名前に興味があって、気になっていた。
2017年3月3日、大八木元治さんを誘って、行ってきた。
思うところたくさんあるが、いまは言葉にならない。
まだその頃は天皇とは呼んでいなかったらしい時代。
その方が滞在された処に、元伊勢神社があるのだという。
元伊勢という場所が20か所ほどあると文字さんが言っていた。
天照大神、太陽をさす神のようですがご神体はこのお方。
外宮があって、内宮があって、天岩戸神社があった。
天岩戸神社は渓流の岩場で祠があった。
奇妙な場所、狐に騙される、みたいな奇妙な空間でした。


淡水雑記-6-

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 心ざわめくといえばいいのか、まさかときめいているわけではないと思うけど、黒い服を着た女子がいた。手を出せば抱けるほどの近いところで、髪の毛から顔をみたとき、太宰の孫じゃなかろうかと思ってしまった。突然に太宰のイメージにつながっていたんだけれど、ひょっとしたらKNという名前の写真作家は、かって言ったような無頼派の資質を持っているのではないか。この言葉は、いま、ここで思いついていることだけど、破れたような写真のアングル、テクニカル、なんとなんと、新しいタイプの作家があらわれたとも思う。心の騒めきは、きっとこのことを心象で発見してしまったからではないか。