淡水雑記-9-

120scan1511150074.JPG
<ネットで人格を創る>
バーチャルリアリティ、VRという単語をまま見聞きます。
仮想空間における現実と解せばいいのでしょうか。
フィクションの世界だという事でしょうね。
現実に、肉体的な目で見ている事象についても、夢幻のように感じることがあるかと思うのだけど、古事記以来の物語というもの、読んで頭の中に描ける図といえば、いってみればバーチャルではないでしょうか。
読む人の体験と照らし合わせてイメージが作られるわけです。
制作する側として思う事、ネット上のツールを使って、ある人格を創りあげる作業。
架空の、小説の登場人物のような、人格をネットワークの中に創りあげる。
このことに取り組んで10年ほどが過ぎます。
人間ってたいがいフェチな面があって、異性に興味をもって、セックスに興味あり。
そんなことナマの実生活においては、夫婦、恋人、という関係の中で成熟すること。
そういう側面を、バーチャル世界で、バーチャル人格で、小説を書く、日記を書く。
男が女に変身、女が男に変身、老人が若者に、若者が老人に、そういう世界が作れる。
そう思って、それらの総合がひとつの芸術の枠にならないか、と思っているわけです。
この領域は、シュールリアリズム領域なのかも知れません。
男が女をやるというのは、歌舞伎では女形があるし、舞踊でもあります。
そう思って考え見てみると、けっこう倒錯という言い方で括られる領域がある。
これは芸術のジャンルとしても成立すると思うが、芸術側は認めないですかね。
(続く)

淡水雑記-8-

120tabi1703030051.jpg
天岩戸神社があると記されてあったので其処を目指しました。
川縁、渓流、凄い流れで水は波打ち真っ白です。
山の上かと思ったら、岩場の渓流です。
水の流れは心のわだかまりを流してくれる気がします。
水に流そう、という話は、何もなかったことにしようということ。
水杯は別れのときに交わす盃です。
なにかと水にまつわる話は神性なイメージです。
元に戻して、天岩戸神社の本殿というのは岩の上の祠でした。
それにここは元伊勢内宮とあって皇大神社との名前がついています。
元伊勢といわれる場所が日本国のなかに20箇所ほどあると書いてある。
その世界観というかスケールというか、よくわからないイメージです。

淡水雑記-7-

120tabi1703030001.jpg
元伊勢神社、これは外宮、福知山の大江山にある神社。
こんなところにこんなスポットがと思っていた。
かなり前から、名前に興味があって、気になっていた。
2017年3月3日、大八木元治さんを誘って、行ってきた。
思うところたくさんあるが、いまは言葉にならない。
まだその頃は天皇とは呼んでいなかったらしい時代。
その方が滞在された処に、元伊勢神社があるのだという。
元伊勢という場所が20か所ほどあると文字さんが言っていた。
天照大神、太陽をさす神のようですがご神体はこのお方。
外宮があって、内宮があって、天岩戸神社があった。
天岩戸神社は渓流の岩場で祠があった。
奇妙な場所、狐に騙される、みたいな奇妙な空間でした。


淡水雑記-6-

IMG_2071.JPG
 心ざわめくといえばいいのか、まさかときめいているわけではないと思うけど、黒い服を着た女子がいた。手を出せば抱けるほどの近いところで、髪の毛から顔をみたとき、太宰の孫じゃなかろうかと思ってしまった。突然に太宰のイメージにつながっていたんだけれど、ひょっとしたらKNという名前の写真作家は、かって言ったような無頼派の資質を持っているのではないか。この言葉は、いま、ここで思いついていることだけど、破れたような写真のアングル、テクニカル、なんとなんと、新しいタイプの作家があらわれたとも思う。心の騒めきは、きっとこのことを心象で発見してしまったからではないか。

淡水雑記-5-

PICT1532.JPG
 京都に生まれて、京都に育って、いまなお京都に住んでいて、制作のテーマは置いとくとして背景は京都にしていることが多いです。たまたま、京都は、知名度があり、それだけでテーマの背景として成り立っていくとも思っていて、写真の被写体として、京都の風物を撮ることが多いです。また小説のステージとしても京都を舞台にします。京都といえば川端康成の古都ですが、そういうイメージもあります。水上勉のイメージなんかも気になります。ぼくは、ぼく自身の表現内容には、どちらかといえばダサイ感じがしているんですけど、そういう体質なのではないかと思います。現代的な美の感覚には遠くて、むしろ近世、近代、平安時代にまで遡るのかもしれない感覚かとも思います。

西陣の生まれで、べったり中学卒業まで、西陣に育ったといえます。高校生になると社会へ向ける目線ができてきて、時代の影響をうけるなかで京都から離れていきます。離れてどこに向かったのかといえば、東京、東京、東京、ですね。中学生の高学年ころから、いや小学生の高学年のころからかも知れない。東京を意識しだします。鉄腕アトムの中には東京の地名がいっぱい出てきました。アトムを作ったお茶の水博士って団子鼻のおじさん。地名だと、池袋とか新宿とか出てきたように思う。今ほど、テレビもなく、情報は主には少年雑誌からだったかと思うけど、それらの発信元が東京だったわけで、京都という地方の少年にとっては、それは憧れの場所でした。そういうことでいえば、いつも東京がターゲットとしてある感じです。