秋立ちて-7-

-7-
 哲学の道、ゆるゆると川にそって歩きながら、多恵にはあれこれと、頭の中で思いが巡っている。関心ごとの大半は自分の陶芸作品のことだ。初めての個展を終えて、一段落したところだが、次のイメージを紡ぎ出さないといけない。作風のレパートリーを広げるということだ。秋の気配がしている哲学の道。すれ違う男女のペア。外国からの観光客グループは男女混合だ。多恵は、北村信之の顔を思い浮かべる。京都にいるが、知り合いになっている方々は、陶芸関係で、それぞれに利害があるから、素直な気持ちでは接しられない。その点でいえば、出版社の編集部にいる北村にしても、利害関係になるのかも知れないが、大学時代の先輩だし、それなりに親しかったから、本音で話ができる人なのかも知れない。
 多恵のスマホに、LINEで内村友子からメッセージが入ってきた。個展おわって、いま、なにしてる、と問うてきた。散歩中、と返信すると、何処を散歩中かと聞いてきたので、哲学の道、と返信した。おひる、ランチしないか、というのだ。予定がないからゆっくりしようと思っていた矢先のLINEだった。北白川まで来るというので、午後一時に待ち合わせすることになった。内村友子は日本画家。シングルマザーで小学二年生の男子と二人暮らしをしている。学童保育に入れてあるから昼間午後五時頃までは空いているという。多恵より二つ上で三十七、先の全国展で作品が入選したということで、入選三年目だ。画壇に内村友子の名前が少し浸透してきたところだ。
「そうね、初個展やったし、緊張したわよ、二週間」
「おつかれさま、でも、好評だったんでしょ、多恵ちゃんの作品」
「そうだね、けっこう、かっこう、ついたかな、内容はわかんないけど」
「内容は、批評家が褒めれば、内容の価値はついてくる、やっぱり批評家しだいよ」
「友子さんは入選三回でしょ、絵もやっぱり批評家さん?」
「流行みたいなのもあるし、それにのらないといけないし、そこよ」
「いい人いるの?、多恵ちゃんには」
「いい人いるの?、友子さんには」
「まあね、わたしは、子連れだしさ、からだだけなら、ねえ」
「いないのよ、わたし、いないから、どうしたものかと」
「なによ、多恵ちゃんはお嬢様だし、特権階級なんだから、週刊誌、気ぃつけなさいよ」
白川通りにある午後のイタリアンの店、明るいガラス窓から光が注いでくる。多恵の髪の毛はあっさりショートカットだから、ボーイッシュに見える。友子はといえば、女そのものイメージだ。とても子連れとは見えない品のいい淑女、日本画家だ。

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秋立ちて-8-

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 内村友子と別れて陶房に戻ったのは、もう午後四時前になっていた。陶房の名前は多恵陶芸工房。名前をそのまま使って陶芸工房は陶房と略した。和風瓦葺の二階建て、陶房は八畳間四つの正方形、二階は居宅スペースで、知り合いの設計事務所に頼んで、炊事も洗濯もできるようにしてもらった。居間と寝室、フローリング基調だが、畳の間は四畳半。ひとり暮らしだから、畳の間にベッドをおいて寝室にしている。バスもトイレも、二階の畳の間に隣接させた設計になっている。多恵陶房には来客があると、道路ぎわに区切ったスペースを設けていて、そこが応接スペースだ。和風の仕立てで、黒基調だ。道路に面した玄関から土間になっていて、かなり贅沢な広さの陶房も、乾燥棚や釉薬棚や道具が置かれているから、広くは思えない。ろくろは電動、焼く窯は電気だ。ひととおり土を練るところからの作業だが、練られた土を買うことが多い。だが、陶房で取材を受けることがあるので、京陶苑の佐々木オーナーのアドバイスで、土盛りやマキの束を積んだところも作ってある。
 二階スペースは休息場、フローリングの事務作業場で、ノートブックパソコンの電源を入れた。数年前から使いだしたスマホで、用は足せるというものの、自分のホームページの管理などもあるので、パソコンを使う。あまりネットサーフィンしないが、気になるニュースは開いてみることにしている。何もない、多恵陶房ブログ、という発信ブログを作っているので、短文だけど日記を書いた。夜の食事は、ひとり暮らしだから、それがわかるように、料理をしてスマホで写真を撮ってパソコンに転送し、ブログにアップする。
<うんうん、ああ、どないしょ、載せちゃうかぁ、この写真>
陶房の棚を撮ったスマホ写真だ。多恵陶房のことを知ってもらう。親しみを持って知ってもらう。フェースブックにもアップする。記事をアップすると、イイネがつけられ、コメントが寄せられる。なるべくプライベートにしておいて、作り話、というフィクションをして、自分イメージを作っている。ひとりでいると、いろいろと顔が浮かんでは消えていく。大宮太一の顔は、合評会のときの記念写真の顔を思い出す。医学部の学生で、キリリとした端正な顔立ちだ。その顔は、大宮が亡くなる一年前の写真の顔だ。
 死んだという知らせを、北村から聞かされたのは、葬儀がおわった後の同人例会の時だった。自殺だと聞かされ、なにが原因なのかはわからないまま、その大宮太一の死を、多恵には、素直には受けとめられなかった。大宮太一とは特別な関係ではなかったが、三年上の男子で、柔らかな物腰で、優しそうな内面をもっていた、と多恵は思う。多恵の詩を、評価してくれた人だ。学生仲間に毛が生えた程度の人の集まりだから、評価してもらえるからといって、著名な批評家の言葉とは重さが違うが、多恵には、内面、大宮太一とは共有できる心があると思えていた。
<病院のあと継ぐのが重荷だった、なんて北村さん言ってたけど、それは表向きだと思うのよね>
多恵が大宮に訊きたくても訊けないのだから、推測するしかないけれど、死んでしまう気持ちが、三十を過ぎたあたりから、共有できる感じがする多恵だ。前を向いていく自分なのに、どうして死んでしまった男子のことが気になるのか、多恵には理解しがたいことだ。とはいえ、女が男に注ぐ好感以上に、恋をこえて愛の共有なのかも知れない、と思ったり、そんなんじゃない、と思ったりで結論はわからない。

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秋立ちて-9-

-9-
 多恵の友だちで、気軽に会えるのは、未婚の女子だ。島村京子のその一人だ。高校生の時からの友だちで、同窓会の世話とか、なにかと同窓生の情報を知らせてくれる友だちだ。島村京子が多恵陶房へやってきたのは個展が終わって数日後のことだ。多恵とは同い年だから35才だ。まだまだ独身の友だちがいるとはいっても、結婚ということを意識しないわけはない。
「いいなぁ、多恵は、芸術家やし、やることあって、いいなぁ」
「そないなことないやろ、京子は詩人やろ、初志貫徹って、あるじゃん」
高校生の時、島村京子は、薄っぺらい手作りの詩集を作って、クラスの友だちに配布していた。多恵は、そのことを鮮明に覚えているのだ。
「詩、書いてたけど、大学生になってからも多恵と、よく詩の話、してたよね」
「そうよね、でも、わたしは、陶芸に興味が出てきて、その道に来ちゃったけど」
「わたしは、中途半端で、そのまま、おわっちゃったわ」
島村京子は、高校生の時、好きな男子がいて、付き合いかけたけど、その男子が子供っぽかったから、イメージが合わなくて、気まずくなって、別れるにも別れないまま、ずるずると卒業まできた、というのだった。もう十七年以上もまえの話で、京子と会っても、その男子のことを話題にすることはなかった。その男子の名前は倉田義一といった。この倉田が高校の同窓会の世話人になってきたというのだ。
「そうなの、あの義一が、ねぇ、同窓会の世話人に」
「それで、わたし、再会して、どないしょ、恋しちゃったのよ、彼、いまも独身なの」
「そうなの、それなら、京子、いいじゃない、あの時も恋してたんだから」
あの時と多恵が言うのは、京子が手作り詩集を作っていた頃、高校二年生、17才の時の恋人が倉田義一だった。
「そうなの、そうなのよ、それで、いっしょになろうか、結婚しようか、ってゆうの」
「いいじゃない、いい相手じゃない、義一、イケメンだったし、今もイケメンだし」
「そうよね、多恵に話しして、決心ついたわ、結婚しちゃうよ、倉田義一と」
「おめでとう、披露宴に呼んでね、式、するんでしょ」
「するよ、する、する、盛大にはしないけど、身内と親しい友だちだけで」
ようするに、京子はできちゃった婚で、おなかが大きくならないうちに、結婚式を挙げる、というのだ。

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秋立ちて-10-

-10-
 陶房で作業をする時間と手順は、日によって違うが、陶房で制作に没頭できる日は、だいたい午前中に三時間、午後に三時間、だいたいの目安だが、手が詰まってきたときには、朝五時ごろから八時ごろまでに最初の作業をする。その日は一日に三時間が三工程だ。もちろん予定が詰まってくる。制作に没頭しなくてはいけないが、京陶苑を介してお会いするときは服装も整えないといけないから、肩が張る。気を抜くためには友だちと会って、お茶して、自分の存在を、自分で確認する。35歳。友はたいがい家庭を持ち、育児をしている年代だが、多恵は、そういう友とは交流がない。アートの領域で自分を創っている人たちとの交友を深める。友だちが個展しているとか、グループ展に出展しているという案内をもらうと、たいがいそのギャラリーへ足を運ぶ。社交儀礼という側面もある。芳名帳に名前を記しておく。礼儀だ。今日は秋晴れ、天気が良い。午後からの作業はやめて、寺町のギャラリーでグループ展の案内をいただいているから、そこへ赴く。絵画と陶芸と染色の三人展だ。多恵の友だちは陶芸だが、絵画の作者も染色の作者も顔見知っているから、行かないわけにはいかない。
「来てくださったのね、ありがとう、ゆっくりしていって」
多恵の陶芸仲間の友だちは不在だったが、日本画を描いている西川冴子がいた。多恵の友だちにシングルマザーの内村友子がいるが、西川冴子は世代的にひとまわりほど年上で、先輩画家たちのひとりだ。
「裕子、夕方になると思うけど、来るよ」
西川冴子は多恵から見て、上品な女性であられて中堅どころ。でも、日本画の世界では、まだ若手の部類の作家として扱われる。画業で生計を立てるというのはなかなか難しくて、西川冴子は芸大で日本画を学んだから、出身校の芸大で、常勤講師を勤めている。そのうち准教授になり教授になる。西川冴子は、自分の肩書を、絵描き、としている。
「あなたの、個展、なかなか、評判、良かったじゃない」
「はい、おかげさまで、たくさんの方から、お声をかけてくださって、ありがたいです」
「さあ、お茶でも、お飲みなさい」
ギャラリーの真ん中に座るスペースがあり、おこに座ると、少し上げ目線で、ギャラリーの三方が見渡せる。お茶は宇治茶の緑茶、上品な味がする高級茶の香りと味だ。
「西川先生の絵、素敵です、わたし、アブストラクトなのが、好きです」
「陶芸は、そうね、抽象だし、太田さんは、それに通じるのかも、ね」
「具象画より、抽象画、それがいまの手法なんでしょうかね」
「そうね、そうよね、私たちはもう、抽象でないと作家ではない、みたいでね」
多恵は、あまり理屈を言わない方だけど、大学で教えたりする立場になるには、理論を語ることも必要なんだ、と思う。多恵の教える経験は、女子高の美術の助手として、三年契約でアルバイトをした程度だ。芸大を出ていないから、創作の場所で教えるというのは、ハンディだ。家柄とか、個展歴とか、なにより人脈のなかに入らないと、難しいところがある。

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秋立ちて-11-

-11-
 小西裕子がギャラリーへやってきたのは午後五時だ。多恵はギャラリーを訪れてから、裕子が夕方に来るというので、三条寺町から西へ、歩いたり、南へ歩いたり、ウインドウショッピングを楽しみら時間を過ごした。再びギャラリーへ赴くと、裕子がいた。近くの老舗の喫茶店へ一緒に赴く。夕方の時間で、軽食をとることにして、多恵はサンドイッチとコーヒー、裕子はピラフとコーヒーを注文した。
「来てくれてたのね、ありがとう」
「いいえ、いいえ、どういたしまして」
多恵は、裕子とは陶芸学校で同期生だ。裕子が三歳も年上だから、アラフォーといってもいい年頃だ。独身、多恵と同じく独身、だが話を聞いてみると愛人がいる。愛人という言い方はいかがなものかと思うが、一緒には生活していないが、愛しあう関係だという。
「久しぶりね、こんなところでお茶するなんて」
「いいえ、いいえ、折角来たんだから、顔をあわさないと、と思って」
「ありがとう、多恵は、この前、個展したでしょ、いけなくてごめんね」
「いいえ、いいえ、いいのよ、いいのよ、気にしてないわよ」
「彼がね、入院していてね、世話にいったりして、ほかのことできなかったの」
「そうなの、彼が入院してたの、癌とかじゃないでしょうね、いまはどうなの」
「癌じゃないの、胃潰瘍だってゆうのよ」
「それじゃ、気を使いすぎ?、ストレス?」
「そんなんじゃない、わたしと、やりすぎたのよ、彼」
「やりすぎたって、なにを、よ?」
「まあ、こってりなのよ、彼、多恵にも、いい人、いるんじゃないの」
裕子は、男のことを聞いてきている。多恵は、いないから、いないと答える。
「そうなの、いないの、もったいない、もう、若くないのよ」
「しかたないわ、いないんだもん、でも、いい男、ほしいな」
「彼は、しつこいの、たっぷり、わたし、イキまくりよ」
多恵は、裕子のおのろけを聞きながら、ふっと不満足を覚える。女の性が、寝たままだからだ。土を捏ねていたって、からだの満足は得られない。裕子から、淡白だといわれ、開発されていないのよ、開発しなさいよ、と言われて多恵は、冷や汗をかいた。

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秋立ちて-12-

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 35歳になる陶芸家の多恵は、夜の街のバスストップで、銀閣寺行きのバスを待っているとき、ふっと<どこかにいい人いないかしら>、こんな言葉が浮かんで消えた。好きな男の人がいないわけではないが、親密にお付き合いするほどには熟していない。
<いい人いないかしら、松宮くん、どないしてはるやろ>
多恵の脳裏に浮かぶのは松宮良一の顔だった。どうして松宮の顔が浮かんできたのか、夜の街角で懐かしい気持ちにおそわれた多恵だ。好き合ったといえばそうかも知れない、松宮は陶芸仲間ではなくて、陶器を預けている哲学の道の店の店員だ。松宮は多恵より七歳も年下だから28歳だ。もちろん独身だ。松宮が、自分に気があると、多恵は感じている。だからといって、これまでは放置していたけれど、LINEでつながっているから、トークしてみた。ご相談したいことがあるので会えませんか、と書いた。数分後に、会えますと返事が来た。
<今からでも会えますか>
<もう店が終わったから会えますよ>
<陶房へ来れるかしら>
<行きます>
<じゃあ、午後九時、お願いね>
一時間後だ。まだバス停だし、午後八時だし、午後九時なら陶房に戻れる、と多恵は時間を読んだ。多恵は無性に淋しさがこみあげてきたのだ。だれかと話がしたい。男の人がいい。松宮君なら、受け入れてくれそうだ。独り言をいいながら、陶房に戻って、電気を点けた。玄関を入った横の応接スペースが明るくなった。無性にドキドキ、多恵は、秘密のその気持ちを押さえられない。からだが浮く。痺れている感覚だ。
 松宮良一がやってきた。背が高い、細身だ、イケメンだ、女子が首ったけになってもおかしくはない風貌だ。多恵が、その女子の一人だとは、多恵自身は思っていない。
「こんばんは、こんばんは、おねえさん、来ちゃったよ」
「まあ、おはいりになって、ごめんなさい、急に呼び出したりして」
「びっくりしちゃいましたよ、おねえさんから呼び出されちゃって、でも、よかった」
「よかったって、わたし、お願いがあるのよ」
「会いたいと、思っていた矢先のLINEだったですよ、びっくりしちゃった」
玄関横の応接ルームから、陶房の方へと良一を導いた多恵。陶房は、玄関から、応接ルームからはカーテンを降ろすと見えないようになっている。多恵は、良一と二人だけになった。
「ワイン、飲むでしょ、チーズがいいかしら」
良一は、何事が起こるのか、わけがわからないままに、言われるままに、多恵の好意に甘える。預かっている陶芸作品の売り上げ前金が欲しいとでもいうのか、と良一は予測をたてる。としてもこんな夜に陶房へ呼び出されて、ワインを出されるとは、思いもかけない出来事だ。電気ストーブがつけられ、ヒーター部分が赤い色になる。テーブルに長椅子、三人掛けだ。横に並んで、多恵が良一に追加のワインを注ぐ。そうして良一に注いでもらう。
「そうよ、お金、都合つけてほしいの、十万だけど、無理かしら」
ストーブの赤みで、顔を赤くさせる多恵を、良一がうっとりと見つめる。
「いいですよ、おねえさん、ぼくは、従順ですから、明朝」
「そうなの、ありがとう、良くん、頼りになるわ」
女の多恵がワインを二杯飲んだ。言葉が、うわずってくる感じで、横に座っている良一に凭れかかっていく。
「どうしたんですか、おねえさん、ぼくは、困っちゃうよ」
「いいじゃない、困っちゃって、ほうら、お飲みなさい、良くん」
多恵は、良一と並んでいることで、癒される。淋しさの気持ちが遠のいていった。

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